life and life

左片麻痺の日々を連々と

にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

重たい空と、重くないデザート

早朝は確かに曇りだった。

でも朝は晴れ間が出てた。

正午ごろにまた曇りに戻った。

正午過ぎにはまた晴れ間が出てた。

地元の百貨店のレストランでデザートを食べようとしたら、街を一望できる席のスペースがあったので、そこで食べることにした。

 


そしたら今日一番の曇天模様。たしかに街を一望できても、少し暗さを抱えてる曇り空のおかげでどことなくスッキリ楽しい気分になりきれないおやつタイムだった。

 


おやつに食べたワッフルプレートは、バターがしっかり効いた香ばしい香りと、くどくはなくて、落ち着ける甘さのフルーツやクリームを楽しむことができた。


デザートとしてはちょっぴり贅沢な価格だけど、こういうのも悪くはないなと思った。

f:id:kokono2122:20180530175209j:image

f:id:kokono2122:20180530175114j:image

 

 

 

7mmの苦悩

 

お盆を新調した。

 

ノンスリップタイプが好きだから、「お盆 滑り止め」でアマゾンをさまようこと数日。

けっ結局見つけたものはニトリの木製トレー。

何かしら細かい生活用品の探し物をすると、結局ニトリにたどり着くことが多い。

 

まな板スタンドに立て掛けたかったので1.5mm以内で探してたんだけど、ニトリで見つけたものはまさか1.0mm。

 

デザインもライトブラウン系で探していた色合いと一致するし、滑り止め加工もしっかり効いている。もちろんその薄さからスタンドに立てかける分には一切問題もない。

でも、いざ使ってみたらちょっとした懸念点が。

 

薄すぎるからか、持ったら少し手の肉に食い込むのだ。

痛くはないが、なんとなく引っかかりを感じてしまう。

 

長時間手に持つものでもないし、深く気にするような部分ではない、。ただ、この細かい違和感がチリも積もって大きな違和感に化けないとも限らない。

でも、食い込みを感じる以外の部分に関しては最高だし、しばらく使い続けて、このトレーとじっくり仲良くなって行くのが一番かもしれない。

新入りトレーくん、これからよろしく。

f:id:kokono2122:20180528202535j:image

初めてのボランティア活動を行ってみて

ボランティアって、もっと大掛かりで仰々しいものと思い込んでた。

「より少ない生き方 ものを手放して豊かになる」という本を読み、そこに書かれていた慈善活動(ボランティア)を兎に角形にこだわらず、小さくてもいいから始めようという内容

 

より少ない生き方 ものを手放して豊かになる

ミニマリズムを実践すると 、お金が貯まるだけでなく 、時間の余裕もできる 。やたらとものを買わなくなると 、そんなにお金がいらないので 、働く時間が減る 。それに買い物の時間も減り 、買ったものの維持管理の時間も減る 。その結果 、他のことに使える時間が増える 。その時間のいくらかを使って 、ボランティア活動をしてみてはどうだろう ?

(中略)

ボランティア活動は 、形にこだわる必要はない 。既存の団体の活動に参加するという形でなくてもかまわない 。必要なのは 、他者を思いやる心を持ち 、彼らの目を通して彼らの世界を見て 、実際に彼らのそばにいる時間をつくることだけだ 。近所のお年寄りのために 、玄関前の雪かきをしてあげる 。育児に疲れたお母さんに代わって子守をしてあげる 。病気の友達のためにご飯をつくってあげる 。こういった相手を思いやるちょっとした行動が 、世界をもっと優しい場所 、もっと寂しくない場所にする 。慈善活動に熱心な人は 、自分 1人の力では限界があるという

「より少ない生き方 ものを手放して豊かになる」より

目から鱗だった。大小様々であるが、ミニマリズムを取り扱う本はいくつか読んだことであるが、それらの中でのミニマリズムは、「ものを厳選し、浮いた費用や時間、人生の大事なリソースは、より良い質のモノやコトのために使おう、といったどちらかといえば自分の為に使おうという内容がほとんどだった。

もちろんそうした使い方も選択肢として否定しないが、どことなく違和感があったのは事実だ。

 

その違和感が先ほどの引用部分ではっきりした。ぼくの中で望んでいた「浮いたリソース」の使い道は自己ではなく他者の為に使いたいと思っていたのだ。

 

そのことに気づいてからの行動は早かった。早速地元のボランティアなどを扱う地域活動センターに赴き話をした。

 

そこでは想像以上に様々なボランティアを募っていることを知った。

「自分が誰かの為に出来ることがこんなにもたくさんある」

それが第一に感じた素直な気持ちだ。そう感じるだけで、不思議とワクワクした気持ちが湧いてきた。

 

そしてそのセンターで早速出来るボランティアがあることを教えてもらった。市内で集めたリサイクル用のペットボトルのキャップの色別の仕分けである。

思い立ったが吉日タイプのぼくは早速作業を行いたいと職員の方に告げた。単純作業であるが、効率化や最適化を考えるという仕事の悪い癖をだしつつ作業してたら予定してた時間を10分も超えてしまっていた。

 

作業を終えたので帰ることを告げたら、「ありがとう」と言ってもらえた。その時僕は気づいた。

 

こんな小さな単純作業であっても、誰かの為に動くというのは幸せになれるという事だ。

 

記憶の限りでは自主的にボランティアを行ったことがなかったが、人生初のボランティア活動を終えた帰り道は不思議と晴れやかな気持ちだった。

小さかろうが極小だろうが、自分のリソースを誰かの為に使い、時間差は大きくても、その行いで誰かの幸せを作れると思うと自分も幸せになれた。

 

しかしそうなると人間とは悪い生き物である。もっと時間が欲しい、もっと支援できるお金が欲しい、すぐに気持ちを増幅させ悪化させてしまう。

 

自分のリソースの幅を見誤らず、小さくてもコツコツと行こう。帰り際に貰った職員さんの笑顔を忘れなければ、きっと大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

春の陽気を取り入れて

f:id:kokono2122:20180405072856j:image

 

どこのブログか忘れてしまったが、毎朝起きたら窓を開けて部屋の換気をするという習慣が、なんだか目覚めを気持ち良くしてくれそうなので早速取り込んでみている。

 

今日で4日目であるが、朝から春の陽気をたっぷり取り込んだ部屋で過ごすというものはとても気持ちがいいと感じてる。

 

今まで起きたらしわくちゃな顔をしながら、食洗機から食器を取り出して整理していた。

それはそれで朝から動くことで体温が上がり活動的にはなれるのだが、その前に窓を開けて部屋の空気を入れ替える。このワンステップ入れることでこんなに朝の気持ちよさが変わるものかと驚いた。

 

我が家は1dkで窓が玄関と部屋と、ちょうどお互いが対面状にについていたのもラッキーなことかもしれない。お互いの窓を開けると、次第にスーっと風が通り抜けて行くのを感じることができる。

 

今はもちろん右手だけで窓を開けている。窓には指を大きく引っ掛けれそうな部分があるので、いつかは左手を使って窓が開けれるようになりたい。

 

f:id:kokono2122:20180405073033j:image

 

そんなことをぼんやり思う今朝は、入ってくる空気がほんのり肌寒く、週末に向けて天気が崩れて行く予報を、より確かなものにしていた。

 

 

レコメンドの精度が一番相性のいいのがyoutubeだった

レコメンドの精度が一番相性のいいのがyoutubeだった

 

f:id:kokono2122:20180330225408j:image

なかなか天気が崩れないおかげであちこちに咲いた桜が未だに満開中の満開御礼である。
しかしここ最近は毎日のように桜を目にしているので流石に少し飽きてきた感じはしている。

それでも綺麗なので、目にすること自体は全然満足なのだけど、なんかこうバリエーションが欲しいと感じてしまう(笑)

最近は音楽を聴くのにyoutubeを使う事が多くなった。
モンドグロッソあいみょん神様、気づいてしまったんだ他…youtubeのおかげで知った曲も結構多い。
Apple MusicやSpotifyなどなど色々試してきたけど、結局レコメンド機能で僕の好みとの相性が一番よかったのがyoutubeだったようだ。


お陰でiPadのバッテリーの減るスピードが恐ろしいことになっている。
今までは数日おきに充電していたのが、今では充電は毎日しないと追いつかないのだ。

しかし新しい音楽を知り、触れるというのはとても気持ちのいいものである。
そもそも気持ちにあった音楽を流すことで、相乗的に気持ちに乗っかってくるのだから、音楽自体が気持ちいいのは当たり前な気もする。


今年は特にハイスピードで僕の好みの音楽が発表されていて、毎日のようにプレイリストの更新をしないと追いつかないほどだ。ごめん今ちょっと盛った。

どんどん新しい音楽に触れる事ができるのもこれも定期購読サービスの恩恵であり問題点でもある。

お陰で一つの作品にじっくりと聴き込む事が少なくなった。

子供の頃から音楽はアルバムを必ず通しで聴く習慣があったが、最近は通しで聴く事が本当になくなった。聞きたいものが多すぎて通しで聴く時間がないのだ。

嬉しくもあり悲しくもある音楽の定期講読サービスだが、少し向き合い方を考えなければならないみたいだ。

ツイッター断ちして感じたこと

 

f:id:kokono2122:20180326224830j:image

 

夢をかなえるゾウという本を読んでいる。
1章ごとに一つの目標(課題)があるのだが、今日の課題は「何か一つをやめてみる」だった。

今までは「靴を磨く」や「お釣りを募金する」とか割とわかりやすいものだったが、ここに来て「何か」という読者への自主性を求められるものが出て来て困った。

 

色々考えた結果ツイッターを見ることをやめてみることにした。

 

もちろんいきなり退会どうこうと行けるわけがないので(この辺はFocusという書籍にも似たような項目があった気がするが)長期断つための練習として、先ずは1日断つことで自分の生活にどういう変化があるか見てみることにした。

そしてこの時間までツイッターにアクセスしなかったことで、ツイッターを見ていた事によって穴の空いたホースから溢れる水のごとくダラダラ垂れ流していた時間がなくなり、仕事であったり勉強であったり、そのほかの何気ない家事などがとても集中出来た。

ラジオを聞いたり、友人からの連絡の返事にもついつい割り込んでいたツイッターを見るという行為がなくなるだけでこんなにも一つ一つの行動の質が上がるものかと驚きが隠せない。

こうなったらツイッターの完全断ちといきたいところだが、ツイ4という四コマを連載するアカウントの更新が日々の楽しみでもあり、もう直ぐ好きな作品が終わってしまうということもあるので、完全断ちは難しそうだ。

 

しかし時折ツイッター断ちして、自分の1日の過ごし方を正す日を設けるのはとてもいい案なのかも知れない。もしくは夕方以降は開かないなど1日の中で完全断ちする時間を設けるのも良いかもしれない。

何となくでも日々の過ごし方に惰性や怠惰感を感じたら実践する事にしよう。

こんなに寒い日でも桜は力強く咲いていた

今日は月に一度のくるりんごの定例会だった。会場となっているエールピアに向かうと、入り口に桜が咲いていた。

f:id:kokono2122:20180324075136j:image
満開とは行かないが、綺麗な開花を楽しむには十分なほど大きく咲いていた。

くるりんごの今月のテーマは動画作成ということで、主催の主催の方の香港旅行の動画を編集する過程を用いて説明を行なった。

f:id:kokono2122:20180324075208j:image
花見の話題になり、ロケハンということで定例会を早く切り上げ、花見会場(予定)の公園に向かった。

公園もやはり桜が咲いており、すでに露店や出店とお酒で賑わっていた。

f:id:kokono2122:20180324075408j:image
こちらもまだ満開とは言えないが、桜を楽しむには十分なほど咲いていて、その花の大きさに驚いた。

 

f:id:kokono2122:20180324075345j:image
主催の方もも今日開催すればよかったと悔やんでいたが、「来週ならまだ間に合いますよ」と、実は単に自分が楽しみたい気持ちを隠しつつ励ました。

 

夜はまだ肌寒い日々が続くが、季節はとっくに春を迎えている事を強く感じる。早く朝晩も暖かくなり、過ごしやすい日々が訪れてほしいものだ。