life and life

左片麻痺の日々を連々と

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多分BPM108ぐらい

音楽用語でアンダンテというものがある。曲のテンポ、速さを表す用語で、意味は「歩くような速さで」といいうものだ。
もちろん人によっては早い人もいれば大通りの横断歩道なら青になった直後からでないと渡りきれないほど遅い人もいる。
さて自分はどの程度の早さなのだろうか?
歩くような速さとは。つまりは自然なまま、丁度良い速さではないだろうか。急がず落ち着かず、ちょっと雑誌を買いに本屋に向かうような気分の時の速さだと思う。

最近の僕はこの速さが少し速すぎている。それは単に電車に間に合いたいから?聴いてる音楽がハイテンポだから?早く家に帰ってオレオとコーヒーをそろえて読書をしたいから?
速すぎているというよりかは急ぎすぎている、とも取れるかもしれない。電車だって別に次があるし、聴いてる音楽はミドルテンポの時だってあるし、オレオとコーヒーだって別に誰かに食べられるわけでもない(一人暮らしだし)
どうも僕は意識してでもいいから少しゆっくり歩くことをしなきゃいけない。無意味に急いだり焦っていたりするとたいていは何かを失っているから。

サウンドスケープという言葉がある。雨音や風切音などの自然音、工事現場や県騒音等の騒音のようなものも含めた環境音による「音の風景」というものだ。
そんな耳で見る風景は目で見る風景と同じように、その時限りの物だし、別の日の同じ時間であっても同じ風景は二度とない。瞬間の宝である。しかも意外と意識して見ないと見つからないものだ。口に含んだのど飴に集中するだけでたちまち耳には入ってこなくなるし、ちょっと考え事をしただけで風景の流れは止まってしまう。
僕が急ぐあまり失っているのはこれらの宝である。急ぎ足で歩くとわかるが、周りの音なんてほとんど意識しない。意識するのは時代遅れの暴走族のエンジン音ぐらいだ。

無意味に急ぐあまり、日常が僕たちに聞かせてくれているその日限りの風景を捨ててしまっている。毎日を丁寧に過ごすから気付く日々の変化を捨ててしまっている。日々の変化の気付きによってもたらされる小さな宝物の輝きを自ら奪っている。

だからゆっくり歩こう、落ち着いて過ごそう。自分の中の心地よいアンダンテを忘れないようにして。