life and life

左片麻痺の日々を連々と

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小さなメモにイラつく僕

20になるまで日本語ってまろやかなものと思っていた。

特に平仮名で書かれた文章なんかは、ちょっとあほっぽい印象を持つことはあっても、ソリッドで切れたナイフなんてあだ名はつきそうな奴には見えないイメージだ。

 

しかしここ最近はそんな日本語、言葉に弄っとくることが増えた。

 

例えば今日の仕事のメモに書かれた「〇〇さんが困ってるので、可能なら力になってあげてください」

 

まず「なに上から目線で言ってるねん」、と。

要は相談されたけど、自分じゃ解決できなかったら僕に丸投げしているだけの言葉にしか見えない。

 

「力になってあげてください」なんて丁寧に言おうとしてるが、その前についてる「可能なら」に腹黒い匂いが隠し切れていない。

 

直訳レベルで素直に受け取れば「困っているので力になってあげてください」で正解だが、僕はだいぶ捻くれているせいかそういう風には汲み取れない

 

ちなみに僕の受け取ると「〇〇さんが困ってるけど僕じゃ原因がわからなかった、だけど君なら解決できると思うからあとはよろしく〜」こんなところだろうが。

 

メモの一つ一つにこんな捻くれたフィルターかけてたら、早々に心が疲れてしまうのは否定しない。

しかしもはや癖になってしまっているのだ。せっかく日本語の持つ柔和な感じや温かみなんかは好きなのに、これじゃ人生損しちゃってる感が否めない。

 

こんなフィルターを捨てるためにはもう少し素直になればいいのだろうか、それとも滝修行にでも行って心を洗ってくるべきなのだろうか・・・。

 

メモ一つに悩みすぎな気もするが、膝に冷えの解消方法の悩みよりかは、まだ可愛い気もする。