life and life

左片麻痺の日々を連々と

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初めてのボランティア活動を行ってみて

ボランティアって、もっと大掛かりで仰々しいものと思い込んでた。

「より少ない生き方 ものを手放して豊かになる」という本を読み、そこに書かれていた慈善活動(ボランティア)を兎に角形にこだわらず、小さくてもいいから始めようという内容

 

より少ない生き方 ものを手放して豊かになる

ミニマリズムを実践すると 、お金が貯まるだけでなく 、時間の余裕もできる 。やたらとものを買わなくなると 、そんなにお金がいらないので 、働く時間が減る 。それに買い物の時間も減り 、買ったものの維持管理の時間も減る 。その結果 、他のことに使える時間が増える 。その時間のいくらかを使って 、ボランティア活動をしてみてはどうだろう ?

(中略)

ボランティア活動は 、形にこだわる必要はない 。既存の団体の活動に参加するという形でなくてもかまわない 。必要なのは 、他者を思いやる心を持ち 、彼らの目を通して彼らの世界を見て 、実際に彼らのそばにいる時間をつくることだけだ 。近所のお年寄りのために 、玄関前の雪かきをしてあげる 。育児に疲れたお母さんに代わって子守をしてあげる 。病気の友達のためにご飯をつくってあげる 。こういった相手を思いやるちょっとした行動が 、世界をもっと優しい場所 、もっと寂しくない場所にする 。慈善活動に熱心な人は 、自分 1人の力では限界があるという

「より少ない生き方 ものを手放して豊かになる」より

目から鱗だった。大小様々であるが、ミニマリズムを取り扱う本はいくつか読んだことであるが、それらの中でのミニマリズムは、「ものを厳選し、浮いた費用や時間、人生の大事なリソースは、より良い質のモノやコトのために使おう、といったどちらかといえば自分の為に使おうという内容がほとんどだった。

もちろんそうした使い方も選択肢として否定しないが、どことなく違和感があったのは事実だ。

 

その違和感が先ほどの引用部分ではっきりした。ぼくの中で望んでいた「浮いたリソース」の使い道は自己ではなく他者の為に使いたいと思っていたのだ。

 

そのことに気づいてからの行動は早かった。早速地元のボランティアなどを扱う地域活動センターに赴き話をした。

 

そこでは想像以上に様々なボランティアを募っていることを知った。

「自分が誰かの為に出来ることがこんなにもたくさんある」

それが第一に感じた素直な気持ちだ。そう感じるだけで、不思議とワクワクした気持ちが湧いてきた。

 

そしてそのセンターで早速出来るボランティアがあることを教えてもらった。市内で集めたリサイクル用のペットボトルのキャップの色別の仕分けである。

思い立ったが吉日タイプのぼくは早速作業を行いたいと職員の方に告げた。単純作業であるが、効率化や最適化を考えるという仕事の悪い癖をだしつつ作業してたら予定してた時間を10分も超えてしまっていた。

 

作業を終えたので帰ることを告げたら、「ありがとう」と言ってもらえた。その時僕は気づいた。

 

こんな小さな単純作業であっても、誰かの為に動くというのは幸せになれるという事だ。

 

記憶の限りでは自主的にボランティアを行ったことがなかったが、人生初のボランティア活動を終えた帰り道は不思議と晴れやかな気持ちだった。

小さかろうが極小だろうが、自分のリソースを誰かの為に使い、時間差は大きくても、その行いで誰かの幸せを作れると思うと自分も幸せになれた。

 

しかしそうなると人間とは悪い生き物である。もっと時間が欲しい、もっと支援できるお金が欲しい、すぐに気持ちを増幅させ悪化させてしまう。

 

自分のリソースの幅を見誤らず、小さくてもコツコツと行こう。帰り際に貰った職員さんの笑顔を忘れなければ、きっと大丈夫だ。